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東京高等裁判所 昭和53年(う)2412号 判決 1979年5月15日

被告人 宗形康英

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一六〇日を原判決の刑に算入する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大木一幸、同斉藤喜英が連名で提出した控訴趣意書及び弁護人野崎研二が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事中野林之助が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

一  弁護人大木、同斉藤の控訴趣意第一、一ないし三(原判示第一に関する事実誤認の主張)について

所論は、要するに、被告人は糖尿病等により入院中韓国人船員蔡某を介し豊島晃から原判示第一の覚せい剤の入つた紙袋を預かつたもので、後刻その中身をなめてみてそれが覚せい剤らしいものであることが分り驚愕し、その後自己の居室である原判示駒マンシヨン押入れに置いたのであつて、預つた際それが覚せい剤であるという認識を持たなかつたのであるから被告人には覚せい剤所持につき未必的犯意すらなかつたものであるのに、被告人に対し原判示第一の覚せい剤所持の罪責を認めた原判決は事実を誤認したものである、というのである。

しかしながら、所論を前提としても被告人に本件覚せい剤所持の未必的犯意があつたことを否定することはできないと解されるのみならず、さらに原審記録を調査して検討すると、関係証拠によれば被告人は原判示の日時に、紙袋に入つた本件覚せい剤及び覚せい剤事犯においてその計量に使用されることの多い上皿天秤一個を一緒に旅行用鞄に入れ、当時事務所兼居室として使用していた原判示の駒マンシヨン三〇二号室六畳間押入の上の天袋内に入れて隠匿していたことが認められるばかりでなく、被告人も捜査段階では蔡から本件覚せい剤を受取つた際、被告人がその品物は何かと尋ねると蔡は覚せい剤である旨答えたと述べてそれが覚せい剤であることを知りながらそのまま所持していたことを認めているのであつて、原審公判調書中所論に添う趣旨の被告人の供述記載は到底措信することができず、被告人が本件覚せい剤所持の確定的犯意を有したことは明らかというべきであるから原判決の事実認定に誤りがあるとは認められない。

所論はまた被告人には覚せい剤取締法違反の罪による前科があること、本件覚せい剤が多量であることなどを考えると、被告人が本件物件が覚せい剤であることを認識していたとしても被告人に対し、警察へ届け出る等の措置をとることを求めるのは酷であつて、被告人には本件につき犯行を回避する等の期待可能性がなかつた、と主張するのであるが、所論主張の事由があることをもつて被告人に犯行を回避し、その他適法行為を期待することが不可能であるなどとは到底解されないから所論はもとより採用の限りではない。論旨は理由がない。

二  弁護人大木、同斉藤の控訴趣意第一、四及び弁護人野崎の控訴趣意第一(原判示第二に関する事実誤認の主張)について

各所論は、要するに被告人は覚せい剤を少量なめたことはあるが覚せい剤を含有する水溶液を自己の腕部に注射して使用したことはないのに原判決が原判示第二において右事実を認定したのは事実を誤認したものである、というのである。

しかしながら、関係証拠によれば、警視庁科学捜査研究所において施行した鑑定の結果昭和五三年五月一六日採尿にかかる被告人の尿中に覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンが検出されたが、同研究所における鑑定基準により尿中から覚せい剤が検出された旨の鑑定結果を得た場合には、個人差を考慮しても、少くとも採尿時から遡つて四日以内に覚せい剤を注射使用していることが推測されること、同年五月二三日撮影にかかる写真撮影報告書によれば、被告人の右腕部に一か所、左腕部に二か所、関節内側等に周囲が赤色化した比較的鮮明な静脈注射痕が認められること(弁護人大木、同斉藤の所論は右注射痕は被告人が逮捕される直前まで入院していた同友会病院においてした血糖注射の痕跡であると主張するが、被告人は右注射痕撮影の約一か月前である同年四月二一日に同病院を無断で脱け出し、以後同病院で治療を受けていないのであるから右注射痕が所論主張の血糖注射の痕跡であるとは認め難い)、被告人にはこれまでにも覚せい剤の水溶液を自己の腕部に注射して施用した使用歴があることなどが明らかであり、以上の事実によれば原判示第二の事実を優に肯認することができるのであつて原判決に所論の事実誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

三  弁護人大木、同斉藤の控訴趣意第三及び弁護人野崎の控訴趣意第三(原判示第三に関する事実誤認の主張)について

1  弁護人大木、同斉藤の所論は原判示第三の銃砲刀剣類は渡邊千恵子が被告人方へ持ち込み、処分を委ねたものの一部で、被告人はこれを右渡邊に返還するか処分するか考えあぐねているうちに逮捕されてしまつたものであるから被告人には右銃砲刀剣類を不法に所持する意思はなかつたのに、被告人に対し、銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪責を認めた原判決は事実を誤認したものである、というのである。

しかしながら、所論の主張するように被告人が本件銃砲刀剣類をいずれ返還ないし処分する意思で預つていたものとしても、これをもつて被告人の所持が正当なものとなるいわれはなく、また、関係証拠中渡邊千恵子の司法警察員に対する供述調書(謄本)の記載、同人の当公判廷における証言によつても、被告人は右渡邊と同時に預つた本件以外の日本刀の売却斡旋の交渉をしながら、本件銃砲刀剣類については返還するか自ら処分するかを話し合つた形跡は全くないばかりか、被告人作成名義の任意提出書によれば、被告人は本件銃砲刀剣類を司法警察員に任意提出した際、任意提出書の提出者処分意見欄に、「許可、登録の手続をしたいのであとで返して下さい」と記載し、その返還を求める意思を表明していることが認められ、被告人は渡邊からの依頼に応じ、自ら処分する考えで本件銃砲刀剣類を自己の支配下においたことは明らかであるから、本件銃砲刀剣類を渡邊から持ち込まれてその処置に困惑していた旨の被告人の原審公判廷における供述は到底信用することができず、いずれにしても本件銃砲刀剣類についての被告人の所持を認めた原判決の事実認定に誤りはなく、所論はこれを容れるに由ないものである。

2  弁護人野崎の所論は原判示第三において刃渡り約四八・八センチメートルの刀と表示されている物件は刀身の材質が炭素含有量の低い軟鋼ないしそれに近いもので刃物性がなく刀というを得ないものであるのにこれを銃砲刀剣類所持等取締法所定の刀と認定した原判決は事実を誤認したものである、というのである。

そこで検討すると、銃砲刀剣類所持等取締法二条二項にいわゆる刀剣類のうち「刀」とは社会通念上「刀」の類型にあてはまる形態を持ち、併せて「刀」としての実質、すなわち鋼質性の材料(炭素含有量〇・〇三ないし一・七パーセントの鉄)をもつて製作され、物を切断する機能を有する刃物又は或る程度の加工により刃物になりうるものである性質(刃物性)を備えた刃渡一五センチメートル以上の物件と解されるところ(最高裁判所昭和三一年四月一〇日判決、刑集一〇巻四号五二〇頁、同裁判所昭和三六年三月七日判決、刑集一五巻三号四九三頁参照)、当審証人三宅勝二の供述、三宅勝二ほか二名作成の鑑定書(原審記録一六〇丁)、押収してある刀一振(当庁昭和五三年押第八四八号の八)によれば右物件は、反りはないが刀としての形態を備え、刃渡り部分が約四八・八センチメートルある片切刃造で刃がつけられており、その材質は炭素含有量が〇・四七パーセントの鋼で、刃先のほぼ中央部の硬度がビツカース微少硬度計による計測の結果によると二一〇程度であつて市販のナイフでは最低の硬度に相当するが、刃物としての切れ味の期待できる物件であることが認められ、右認定に反する証拠はなく、これによれば右物件はその形態のほか、材質上刃物性すなわち刀としての実質をも備えたものと認めるに十分で、銃砲刀剣類所持等取締法二条二項にいう刀剣類にあたると解すべきであるからこれを所持した被告人に対し同法違反の罪責を認めた原判決に事実の誤認は認められない。

各論旨はいずれも理由がない。

四  弁護人大木、同斉藤の控訴趣意第二、弁護人野崎の控訴趣意第二(量刑不当の主張)について

各所論は、要するに諸般の情状を考慮すると被告人を懲役三年六月に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで原審記録に当審における事実取調の結果を加えて検討すると、本件は昭和五二年五月覚せい剤取締法違反の罪により懲役八月に処せられ、三年間刑の執行を猶予された被告人が、反省自戒することなく、その猶予期間中にまたも合計約二八八・五二グラムという多量の覚せい剤を所持し、また安易に覚せい剤を注射して自己使用する等前刑同種の覚せい剤取締法違反の罪を重ね、さらに六点にのぼる銃砲刀剣類を所持していたという事案であつて、被告人の規範意識の欠如は著しいものがあり、その罪責は甚だ重いというべきであるから、本件銃砲刀剣類は火なわ銃一丁や刃のつけられていない指揮刀二振など旧式で比較的危険性の軽微なものも含まれること、被告人には糖尿病の持病があり治療中であること、妻子のほか妹の子二人を抱えた家庭の状況など所論の指摘する諸般の情状のうち肯認できるものを被告人のため十分しん酌してみても被告人を懲役三年六月に処した原判決の量刑が不当に重過ぎるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数中一六〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文を適用してこれを全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 千葉和郎 永井克志彦 中野保昭)

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